いじめ④


3人で又お店に戻った。3人でしゃべった。

PTAの友達は、その学校の校長先生に連絡をとってくれていた。事情が少しづつ解ってきた。すでに、区役所や相談所などの行政が入っている事、学校でも把握している事、施設に何度も入っていた事、何度も家を飛び出していた事。学校でいじめられている事。。。 本人は相変わらずあまりしゃべらなかった。しゃべれない理由があるようだった。

しばらく事情を聞くという事をしていると、なんだか自分が警察になったような気がして嫌な気持ちになった。そして、そんな事はどうでもよい事のように思えた。しかし、何を話したらいいのかわからなかった。正直に、彼女が置かれている状況を話した。そして、なぜか自分の話をした。貧乏だった。父親のいない家族5人で卵1つを分けて食べた事があった事や、いろいろ。話しながら思った。自分は周りにもっと貧乏な家もあり、あまり貧乏に執着を持たなかった。中学から新聞配達を始めたので、おこずかいにも困らなかった。別に周りを羨ましがったりしなかった。〇〇の気持ちは俺にはわからない、中学生になれば自立できるかもしれんでっと、僕は彼女に言った。うんっと、彼女は笑った。僕と彼女の目からは涙がこぼれていた。 たまちゃんは優しく言った。 泣きたい時は泣いたらいい。逃げたくなったら逃げたらいい。それは恥ずかしい事ではないんやで、当たり前の事なんやで。

24:00になった。もう一度家に帰ってみると彼女は言った。たぶん、大丈夫やからと彼女は言った。3人で又彼女の家に向かった。1人で階段を登っていく彼女を見送り、家の外でしばらく待った。しばらくして、家のドアが開いた。彼女が1人で出て来た。僕たちを見つけると笑顔で手をまるにした。僕たちも笑った。そして又ドアの中に消えていった。

本当に大丈夫なんだろうか。不安は消えなかった。彼女の力を信じるしかなかった。 その時何故か、昼間言っていたすき屋での定食は最後の晩餐のつもりだったのかも知れないと唐突に思った。 「今日は、お店に誰もいなかったから入れた」

そっか。と思った。良かったと思った。ありがとうございますと思った。

翌日、彼女の担任の先生がお店に来た。いろいろと話をした。担任の先生は、他の西成の学校で不登校専任の指導をしていたとの事。共通の知り合いもいた。少し安心した。学校に来れない彼女の家まで何度も迎えに行っているとの事。しかし、家の中には入れてもらえないとの事だった。何が正解か僕には解らない、しかし、本気で向き合ってくれる大人がいたという事実が彼女の人生の何かのきっかけになるかもしれない。それが先生であって欲しいと僕は先生にいった。そうあって欲しかった。大人や組織の事情に縛られる専門家になって欲しくなかった。

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